1874年(明治7)の征台の役、77年(明治10)の西南の役では大久保利通らの支援をえて軍事輸送に従事し、政府の海運保護政策により内外航路の独占権を確保して、三井と並ぶ政商としての地位を築くとともに資本を蓄積した。
それらをもとに高島炭鉱、金銀銅山の経営、為替事業、海上保険にも手をひろげていきました。
1893年(明治26)、三菱合資会社を設立し、95年(明治28)会社内部に銀行部を設けて第119国立銀行の業務を引き継ぎ、三菱諸事業の機関銀行とした。
1917年(大正六)以後、諸事業を分離して株式会社として独立させ、三菱合資会社を頂点とする三菱財閥が成立した。